成人の日に思うこと
今日は成人の日。
我が家の末っ子も、無事にこの日を迎えることができました。
思い返せば、息子はとても病弱な子でした。
検査という検査に引っかかり、そのたびに再検査。
一人で涙をこらえ、不安を抱えながらその時間を待っていました。
成長もゆっくりで、中学生になった頃の身長は150センチほど。
170センチ近い背の高い友達に囲まれて、一人だけ小さな息子の姿を見て
「大丈夫かな…」と不安になったこともありました。
そんな息子も、今では170センチを超えました。
今日はスーツにベストを合わせ、ピアスもして、髪型もきちんと整えて。
少し照れながらおしゃれをして、式典へ向かいました。
横浜アリーナで行われる成人式。
その背中を見送りながら、胸の奥がじんわりと温かくなりました。
ここまで来るまで、本当にいろいろなことがありました。
正直に言えば、子育ては想像以上に大変でした。
育児ノイローゼになりかけた時期もあります。
公共の教育センターに連絡し、毎月、親子で面談に通っていたこともありました。
追い詰められて
「もう無理…」
「子育てなんて、バカバカしい」
そんなふうに感じて、すべてを投げ出して消えてしまいたくなったこともあります。
それでも、いつもギリギリのところで、誰かの何気ない一言に救われてきました。
小さな子どもを三人抱えて歩いていたとき
通りすがりの年配の方が
「今は大変だけど、もう少ししたら楽になるからね」
と、優しい笑顔で声をかけてくれたこと。
「本当によく頑張っているよ」
と励まし、褒め続けてくれた大きな兄の存在。
そして、子育てに悩んだときに手に取った一冊の本。
その本にも、何度も救われました。
今は、その著者である朝妻秀子先生から心理を学んでいます。
あの頃の私には、想像もできなかったご縁です。
公園で出会ったママ友、習い事で一緒だったママ友。
振り返ると、私は本当にたくさんの人に支えられて
みんなと一緒に子育てをしてきたのだと思います。
子育ての道のりは、とても長く、果てしなく感じます。
だからこそ、どうか一人で頑張らないでください。
一人で子育ての責任を抱え込まないでください。
お子さんの年齢に関係なく、悩みは生まれてきます。
夜泣き、ミルクの量、体の成長、心の成長。
学習のこと、友達のこと、学校のこと、反抗期のこと。
恋愛のこと、受験のこと、社会人になってからも…。
心配は尽きません。
それは、一生懸命向き合っているからこそだと思います。
だからこそ、どんな小さなことでも、誰かに話してみてください。
話すことで、心は少しずつ解放されていきます。
誰か一人でも味方がいてくれたら、人は自分を認めることができます。
自分の心を守るために、誰かを頼ってもいいのです。
迎えた成人の日。
病弱だった末っ子が、大人の節目を迎える日
その姿を見ながら、あの頃の自分にも、そっと「よく頑張ったね」と言ってあげたい。
子どもは、時々、言葉ではなく姿で返してくれるように思います。
成人式の日の背中、結婚の日の表情、ふとした優しさ。
それは「ありがとう」と同じだと、私は感じています。
長い月日、悩みながら、迷いながら、それでも向き合ってきたからこそ
ある日、じんわりと胸に広がる幸せがあります。
静かで、深くて、何とも言えない温かさです。
私は今、そんな温かさを子どもから受け取り始めていると感じています。
子育てに終わりはないのかもしれません。
でも、一つ一つの区切りはあるように感じます。
その節目ごとに、子どもからの「ありがとう」を受け取りながら
頑張ってきた自分もそっと労い、また前へ進んでいく。
私は、そんなふうに子育てをしてきたのだと思います。
今、悩みの中にいる誰かの心に
そんな言葉が、そっと届いたら嬉しいです。
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