最期に寄り添う日々の中で

 

ブログをご覧いただき、ありがとうございます。

日々、たくさんの方の最期に寄り添わせていただく中で、ふと感じることがあります。

ご家族との面会を心待ちにされている方。
あるいは、やせてしまった自分の姿を見せたくないと、面会をそっと拒まれる方。

向き合い方は、ご本人のお気持ちと、ご家族の受け止め方をすり合わせていく。
その正解のない形のすべてが尊くて、「それでいいのだ」と思えるのです。
そんな光景を目の当たりにする中で、私自身、静かな想いが生まれてきました。

人としての、自然な流れ
人間は、いつか必ず旅立たなければいけない時が来ます。
大切に思えば思うほど、別れを経験するのは、身を切られるように辛いことです。
けれど、それは「人としての自然な流れ」として、
いつかそっと受け止めることができるのではないでしょうか。
元気だった祖父母や両親も、こうやって人生を締めくくり、
次世代へとバトンを渡して旅立っていく。
そしてまた新しい世代が生まれ、繰り返していく。
そんな大きな命の流れの中に、私たちは生きているのかもしれません。

 

悲しみが、きっと大切な経験に
もし子どもたちが、そんな大きな悲しみに直面したとき。
すぐには受け止められないかもしれません。
けれど、その悲しみを無理に閉じ込めず、しっかりと感じて、泣いてもいいのだと思います。
「ずっと一緒にはいられない」という切なさを知るからこそ、
「今、目の前にいる人を、その瞬間を、もっと大切にしよう」と思えるようになるのかもしれません。
それは子どもたちにとって、きっと自分を形づくる大切な経験になると信じたいです。

 

大人として、伝えたいこと
子どもたちが深い悲しみに包まれたとき、私たち周りの大人はどう向き合えばいいのか。
無理に励ますのではなく、その悲しみを丸ごと受け止めてあげる。
そんな寄り添い方ができたら…
大切な人は、その最期の姿をもって、私たちに多くのことを語りかけてくれるように思います。

私自身も、父や伯父、伯母との別れを今でも悲しく思うことがあります。
寂しさが消えることはありません。
けれど、どこかで「大切な人たちの人生を、今度は私が引き受けて生きている」
という感覚があるのです。
今もどこかで見守っていてくれる。そう思えることが私の力になっています。

 

人生をどう生きるか、命をどう繋いでいくか。
別れは決して「終わり」だけではないように思うのです。
それは、残された私たちが自分自身の人生を歩んでいくための「道しるべ」であり、
そっと心に抱き続ける「お守り」のようなもの。
その方の存在が形を変えて、私たちのこれからの日々を支えてくれているのではないでしょうか。

 

もしよろしければ、心の想いを誰かにそっと話してみませんか。
言葉にすることで、気持ちが少しずつ落ち着いてくる。
誰かに寄り添ってもらえたことで、一歩ずつ歩き出せることもあるかもしれません。
大切なご縁を繋いでいけたら……そんな願いを込めて、お話を伺っております。

 

今日、あなたの隣にいる大切な人との時間を、どうぞ、あたたかくお過ごしください。

 

投稿者プロフィール

酒井 のり子
酒井 のり子
あなたが、あなたらしくいられるように、そのお手伝いができたら、とても嬉しく思います。

コメントはお気軽にどうぞ