揺れながら生きる「考える葦」という強さ
ブログをご覧いただき、ありがとうございます。
カレンダーに書かれていた言葉が、ふと目に留まりました。
「水辺の葦(あし)が芽吹き始めて、野山の植物が一面に輝きだすころ」と書かれていました。
「葦(あし)か…」
その言葉に触れたとき、ふと、今は父親になった長男の顔が浮かびました。
以前、長男から
「中学のときにこの言葉を知って、それからずっと好きなんだ」と聞いたことがあったのです。
「人間は、考える葦である」
有名なパスカルの言葉。
当時の私は、彼がそんな多感な時期から、
この言葉を心の支えにしていたことを知りませんでした。
中学生という、大人と子どもの狭間で揺れ動く時期。
長男はこの言葉を、胸の奥で大切なお守りのように抱いていたのかもしれません。
パスカルは、人間を「一茎の葦」に例えました。
風になびき、雨に打たれる、小さく頼りない存在。
けれど、それは「考える葦」である
たとえ大きな波に押しつぶされそうになっても、
人は「いま、自分がここに立っていること」を自覚し、意味を見出すことができます。
「考える」ことによって、私たちをただの存在から、
誇りある「人間」へと導いてくれるのだと思います。
カウンセラーとしてお話を伺う中で、
人は自分の「弱さ」を認めたときにこそ、本当の「強さ」が芽生えるのだと感じます。
「自分は今、こんなにも揺れているのだ」と気づくこと。
その気づきが、折れそうな心をそっと支えてくれるのではないでしょうか。
もし今、あなたが自分の弱さに立ちすくんでいても、大丈夫です。
揺れているということは、それだけ一生懸命に「考える葦」として生きていることになります。
人の優しさに触れ、人の温かさを感じてみてください。
そして、あなたのこころの声が、そっと誰かに届きますように。

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